一昨日の皆既月食は442年ぶりの天体ショーとか騒いだので講演会の
帰りに携帯で一枚撮っておきました。
442年前の世界はどんなものだったのだろう、442年後の世界はどんなものに
なっているだろうと思うと、なんとなく足の運びが軽く感じました。
先月私が尊敬する表佑司さんが亡くなられました。
コロナにかかって入院したとの連絡を受けてから2週間経たずのことでした。
古稀を過ぎて2年くらいしか立っていない、これからだというときのあっという間の
ことでした。
コロナの非常時期なのでお見舞いもできず悔しい限りです。
表さんは40年ほど前に火事で両親と次男を亡くし、鈴鹿サーキットレース耽りの
生活から一変し、積善、積徳をライフワークに掲げました。
30数年前からボランティアの一環として保護司になり、保護観察対象者の親身となり、
更生の手助けをしてきました。
その功績が認められ、7年前に法務大臣賞を受賞されました。
倫理法人会の活動にも積極的に参加され、姫路市倫理法人会会長職も歴任しました。
当時の兵庫県倫理法人会会長内海勉さん夫妻、表さん夫妻を我が家にお招きし、私の
下手な中国家庭料理で法務大臣賞受賞祝賀会をしてあげました。
今度叙勲を受賞される暁にはもっと盛大な祝賀パーティーをしましょうと約束しました。
先月の初め頃、奥様から電話がありました。
法務省から電話があり、表さんの叙勲受賞の受け入れ意志の確認だったそうです。
主人は入院中ですが喜ぶと思いますと答えると、はい、わかりましたといわれたとの
事でした。
それが、11月3日の叙勲受章者名簿の中に表さんの名前はありませんでした。
私が残念極まりないのに、本人とご家族の皆さんはどれだけ無念だったでしょう。
私がエベレストから五体満足で姫路に帰ってきたとき、表さんは誰よりも喜んで
くれました。私の両手を固く握りながら「良く生きて帰ってきました。おめでとう!
木元さんが東京駅で線路に落ちた人を助けたのが大きかったと思います。人命救助が
一番の積徳です」と感慨深く言ってくれました。
表さんは私を保護司の道に引導してくれました。
私はいまだに担当者が囚役している刑務所に出向いたことがありませんが、表さんは
この30年間すべての担当者を刑務所まで出向いて、指導したり励ましたりしました。
分からないことがあればいつも表さんに相談し、教えを請いました。
その表さんが天国に召されました。
唯々両手を胸に合わせ、ご冥福を祈るばかりです。
半人前の漢方、発酵職人・素人俳人・吟詠初心者 木元正均
清峰流の創始 吟道清峰流 (eonet.ne.jp)(私が所属している吟道清峰流猶興吟詠会HPです)