姫路も昨日の雨で長かった暑い暑い夏に一段落を付けました。
暑さ寒さも彼岸までですからまだひと月くらいは暑い日が続くでしょうが、
猛暑日と熱帯夜の酷暑は落ち着くのでは期待をかけています。
盆休みも終わりましたが、マルセイは休日返上で作業の連日でした。
獨協大学で薬学を専攻している娘婿が夏休み中に発酵や製造作業に参加したいと
いうことで、私たちの山の日は9月になりそうです。
芭蕉で一番最初に教えてもらったのは「古池や蛙飛び込む水の音」でした。
蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」に比べれば芭蕉の句は何だろうと思いましたが、
わび錆、静と動の世界を写実した代表作であると感じるまではだいぶ時間がかかりました。
平安末期の木曾義仲すなわち源義仲と江戸前期の松尾芭蕉とは何のゆかりもない関係でしたが、
大阪で最期を遂げた芭蕉が、自分が死んだら近江の義仲寺に葬ってほしいと遺言を残すまでに
なったのはなにがあったのでしょう。
それが気になって、宴たけなわの最中、私が義仲寺に行きたいと勝手を申し出ました。
結局義仲寺は月曜日の休館日でしたが、上の句碑からもわかるように、芭蕉の木曽義仲に対する
深い慕情に心を奪われました。
山深き酷寒の木曽の地で雪の下から芽を出さしている草のように、木曽で育った源義仲が疾風怒濤の
人生を終えた情念を知っているから、義仲寺の草庵前の土の中ら早くの厳寒に耐えながら春の草が
芽を出していると詠んだのでしょう。
いつも自然に任せて、水の流れのように、自然を観察し俳句に表現してきた芭蕉とは思えぬ、波乱万丈の
生涯の木曽義仲、義仲寺の関係に頭が下がりました。
半人前の発酵職人・素人俳人・吟詠初心者 木元正均
https://www.eonet.ne.jp/~gin(私が所属している吟道清峰流猶興吟詠会HPです)