先般甲子園で行われた104回全国高校野球選手権大会で仙台育英高校は
東北勢として初優勝を果たし、見事に優勝旗白河の関越えを達成しました。
白河の関越えという言葉を一気に全国に知らしめた壮挙でした。
畿内から東の国へ行くに、伊賀越えがあります。
これは徳川家康が明智光秀の本能寺の乱で命がらがらに伊賀越えしたことで、
神軍伊賀越えとも言いますが、今回の優勝旗初白河の関越えのようにあまり
堂々とは言えませんね。
天城越え、海越え、想像越え、常識越えなど「~越え」の言葉はいろいろありますが、
今日は親越えのお話をご紹介します。
日本でもおなじみの王陽明は中国明朝の大思想家、軍事家ですが、子供のころは
親に反抗的な問題児でした。
父の王華は中国科挙試験を首席で合格したエリート官吏でした。
王華は子供のころ川辺で金貨の入った大きな袋を見つけました。
王華が袋を川に沈め落とし主を待っていたら、酒に酔っぱらって袋を落とした
男が現れました。いろいろな質問で試し落とし主と確認出来たら、王華は川に
沈めておいた金貨の袋を返しました。
あまりの嬉しさに落とし主は金貨を何枚か取り出して王華にあげようとしましたが、
王華は「私は一袋の金貨ももらわなかったのにどうしてこの何枚の金貨をもらいましょう」
と断ったそうです。
子供の時から品行方正で勉強熱心だった父は、息子も自分が歩んだ道を歩んでほしかったですが、
陽明少年は勉強が嫌いで、将棋にはまり込んだりしながらも、私は父さんよりもっとえらい
人間になるんだと強がりばかり言っていました。
そんな陽明少年でしたが、のちには本当に父の王華も脱帽するような中国の大思想家、軍事家に
なり、立派に親越えを実現しました。つづく。
半人前の発酵職人・素人俳人・吟詠初心者 木元正均
https://www.eonet.ne.jp/~gin(私が所属している吟道清峰流猶興吟詠会HPです)