先日大学時代のクラスメートTさんを相生の万葉の岬に案内しました。
山部赤人の足跡を偲びながら万葉の世界へと引き込まれていくTさんには本当に頭が
下がります。Tさんの今後の万葉研究大作に期待が高まります。
平安中期の絶世の美女と言われ和歌の才能に優れた和泉式部ゆかりの得乗寺を尋ね
雨宿りの栗の木に、万葉とは全く素人の私でさえ和泉式部の世界へ酔いしれました。
ところで、トイレ掃除や姫路城掃除を何十年もしてきた人たちが周りに大勢いる中で、
私が掃除の醍醐味を云々するのは甚だ僭越なことですが、誰に言われることもなく
娘夫婦が姫路城掃除に参加しはじめたことに、改めて掃除の魅力を思い出しました。
自発的に若者グループで毎朝1時間ぐらい掃除をしながら見知らぬ人同士の交流も
はかるとか。たくさん入ったごみ袋を運ぶ時のさわやかな心境がありがたくてたまらない
そうです。
昔々、わたしが10歳ごろの時、故郷のメイン通りに雪がふれば、わたしは誰かに
言われることもなく、朝早くから弟を連れて雪かきをしました。弟は寒いよ、手が凝るよと
といって早く家に帰りたがっていましたが、私はただ村の人たちにえらいねと褒められる
のが好きで雪かきを続けました。
大人になった今は、森信三先生のように、郵便局に行くときは左側の道のごみを拾い、
帰りには反対側の道のごみを拾うまでは到底行きませんが、山登りでは登山道の
ごみをできるだけ拾うように心がけています。昔のように誰かに褒められたくてする
ことではありません。ただ山にたくさんお世話になり、山からたくさんのことを教えて
もらった、恩返しにはなりませんが、ただそれだけの素朴な感謝の気持ちからです。
これまでに自分の会社と子育てで精一杯だった娘夫婦がこのように掃除活動に参加し
たり、貧しい国の子供たちの里親になったりするのをみて、こうして娘夫婦も姫路に
融けこみ姫路を愛する人間に成長していくんだと微笑ましく思うのは親ばかでしょうか。
自分の心を洗う洗心、これがゴミ拾いの醍醐味ではないでしょうか。