簾頗は跪いて謝りましたが、簾相如はすべてを水に流し、それから二人は無二の

親友になり、秦の大国といえども趙の国軽く見ることができなかったとか。。

だいぶ回り道をしたのは、この「负荆请罪」の物語があまりにも有名だからです。

私が言いたいのは、その簾頗がだいぶ年を取った時のことです。

自分としては若者に負けないと自負していましたが、宴会の時に3度もトイレに

行ってきたことで、大将軍に迎えられませんでした。

中国の古い言葉に「心有余而力不足/やる気は満々だが力がついてこない」

というのがありますが、私も能力の面でも体力の面でもだんだんこの言葉が

身に沁みるような年になりました。

喜寿を過ぎても、米寿を過ぎても若者をしのぐ勢いで日々東奔西走している大先輩

たちには恥ずかしい話ですが、現実です。

私の場合には簾頗のように、何度もトイレにいくことではありませんが、少し無理をする

と歯が痛くなります。

先週オーストラリアの友人が娘さんを連れて姫路に来ました。私と家内は京都奈良や

和歌山広島、大阪神戸を精一杯案内し、日本の和食文化やおもてなしを精一杯

紹介しました。それはよかったですが、彼女たちが帰った後すぐ歯が痛み出しました。

家内の言葉を借りれば、そこまでやらなくてもですが、昔は母「お世話になった人には

必ずお礼を言いなさい」と言われました。

昔姫路に来てくれた友人知人には今のようなおもてなしはできなかったですが、

それでもその時のベストを尽くしたつもりです。

積徳行善は難しいですが、よいと思われることは少しでも多くやることが

ご先祖様への供養になり、自分たちの慰めになり、子孫たちへのためになると

思い、これからも歯が痛くなることを覚悟の上、少しでも利他に生きる所存です。