9月8日はオーストラリアの敬老の日でした。シドニーの友人がオペラを鑑賞する

写真を送ってくれたのでわかりましたが、9月の第一日曜日がニュージーランドと

オーストラリアの敬老の日だそうです。

日本は敬老の日が祝日になっているから名実通り敬老の日になれると思います。

わたしの故郷では9月3日が敬老の日ですが、秋のスポーツも併せていろんな

イベントが開催され、町中が敬老の日ムードでにぎやかです。

今回の帰省で、一番上の姉が80歳になるので親族一同が集まりお祝いしました。

今から60年ほど前になりますが、長姉が師範学校を出て小学校の教師となり、

我が家族で初めて給料取りが出ました。

父があまり仕事ができなかったため、たくさんの借金を抱えている我が家は

何十年も現金を手にすることができず、泥をなめるような貧困生活を

強いられました。

唯一の希望は遠方に住んでいる姉と義兄がお正月にごちそうをもって来てくれる

ことでした。物事がわからない幼少の時から長姉は私とって、我が家にとって太陽の

ような存在でした。

小学校の時、母と一緒に50キロほど離れた長姉の家にいくつもの山を越えながら

歩いて行ったことがあります。姉も義兄の親と一緒に住んでいたから大変だったと

思いますが、それでも私が背負って重たいくらいのの穀物とお金を分けてくれました。

帰りの旅費ももらい、姉からは必ずバスで帰るように再三言われましたが、

結局お金を少しでも節約するため母と私は最後の25キロを歩いて帰りました。

その後もお金がなくて師範学校(生活費用と授業料を国が支給)しか行けない次姉を

高校に行かせたり、親孝行と弟妹愛に無私の貢献をしてきました。

下手な漢詩ではありますが、心を込めて姉の功徳をたたえました。

わが兄弟では一番上が80になり、一番下が60になりました。

長姉が先頭を引っ張って90、100へと長寿の道を究めんことを願ってやみません。

今日娘夫婦からは何よりの敬老の日プレゼントをもらいました。

週末は孫と一緒になれますが、普段は仕事で忙しくてなかなか孫に会えません。

これでいつでも孫と一緒に居れますが、家内との奪い合戦が心配です。