「忠孝両不全」は「忠孝両全難」の意味で、忠と孝の両立は難しい意味ですが、

私は今日、忠と考両方ともできなかった意味に捉えさせていただきたいと思います。

私は武士道精神については詳しくありませんが、端的に言えば忠とは主君のために、

国のために命をささげることだと思います。

今の環境では、国のために命を犠牲にすることは、ごく限られた業種と特別な境遇に

おかれたときになると思いますが、業種に関係なく大義のために命を削ることには

変りがないと思います。

自分のことを「忠孝」に照らすのは、甚だ恥ずかしいことですが、私の場合には

両方どちらもできませんでした。

母に孝を尽くすことは、母の生前一刻たりとも忘れたことはありませんが、

結局、母に孝を尽くすことができないまま母は天国に召されました。

いまだにこの罪悪感に打ちのめされることが多いですが、そうかといって

孝を犠牲にして忠を成し遂げたかといえば、それもありません。

昔中学校で物理のQ先生が授業中「ロシアの科学者ロモノーソフとリヒマンが

雷電を人類に利用しようとして、雷電を実験室に取り込む実験中、屋根の上にいた

ロモノーソフは大丈夫でしたが、室内にいたリヒマンが雷に打たれて亡くなった」という

話をしました。

ロモノーソフはリヒマンの葬儀が終わると周りの反対を押し切り雷電取り込みの実験を

続けたそうです。

Q先生のこの話が13歳の田舎の少年の夢に火をつけました。

私がやって見せますと御大層なことをいったものの、中国の激動の浮き沈みの中で

結局夢に終わってしまいました。

6年前に娘夫婦に案内されてモスクワ大学を訪れたとき、モスクワ大学を創設し、初代

学長となったロモノーソフ銅像の前で、両手を合わせて、短い中、高生時代では

ありましたが、情熱を燃やしてくれた思い出を感謝しました。そして自分の志半ばを

恥じました。

虻蜂取らずでもありませんが、幸せいっぱいの今を何もせずにつかんだことでも

ありませんが、それでも母に孝を尽くせなかったこと、雷電研究を通せなかったことは

一生涯の悔いになることでしょう。