10月28日土曜日、月一度のNPO法人WAHAHAの会の例会、がん予防大学講座が姫路市飾磨センターで開催されました。
まずは、前田良枝さんの薬膳の講座。今回のテーマはこんにゃくの美味しい料理の作り方。試食品も配られましたが、とても美味しくいただきました。
続きまして、がん経験者、春名伸司さんを囲む茶話会。春名さんは15年前に、中咽頭がんⅣ期(末期)の宣告を受けましたが、自助努力で克服されました。
「・・・がんの宣告は私の心の中に初めて「生きたい!」という火をともした。生い立ちを恨み、親を恨み、世間を恨んだ自分が初めて取られた「自分で作った病気は自分で治す責任。病を得て「心が病をつくり、その心が病を治す」ことに気づかされました。・・・」(春名伸司著、末期がんを乗り越え100歳を目指すより抜粋)
...
春名伸司談:がんを自分で治すためにはがんになる以前の生活、生き方を180度変えなければならない。
・暴飲暴食をやめ、小食を徹底的に。
・肉、魚をやめ玄米菜食をーまごはやさしいこを参考に。
・笑う練習をする、楽しいことをやる
・郭リン気功を毎日する(一日10時間郭リン気功をやったことがある)
・ストレスをためない、発散する
・・・
目標はがんが消えるかどうかではなく、体調がよくなる、気持ちがよくなる日々を過ごすこと。
16時間の大手術の後、一週間植物人間の状態。退院してからいろんな体にいいとされることをやった。その中でも一番必死にやったのは郭リン気功。退院してはじめは10メートルも歩けなかった。歩く体力がなかった。生きるために毎郭リン気功を続けて。昨日より1メートル長く歩くように目標決めて必死に呼吸しながら郭リン気功をやった。いつしか、100メートル歩けるようになり、1キロ、2キロと歩ける距離が増えてきた。確実に体力が回復することを実感した。
こうして、退院して10カ月たった時、ふと、これで生きれるんだ、との実感がわいてきた。
ここまで頑張れたのは、生きる、生きなければならない理由、目標があったから。1歳と3歳の子供がいた。自分と同じように父親の顔を知らない子供にさせたくなかった。
がんになった原因は、うらみ、つらみのマイナスのエネルギーのなかで生活していた。いつもいらいら、許せないと自分価値観を人に押し付け、自分の想い通りにならないことにストレスを抱え、自分を責めていた。自分を粗末にする人は他人も粗末にする。
がんになって自分の心のしこりに気づき、生き方を改めた。
いかに楽に生きるかが大事。苦しいこと、辛いことはできるだけ避け、自分の心と体の声に耳を傾けること。
そして、がんを宣告されたらまずは死ぬことを覚悟してどう生きるかを決めること。
約1時間の体験談、春名さんの話は参加者の心を打ちました。
現役乳がん患者、腎臓がん肺に転移した方、食道がんを見事に克服した、乳がんを克服した方々からも体験談を熱く語りました。
がんは治る、転移がんも治る、末期がんも治る!
治る道は必ずあります。
その治る道を経験者から学ぶ場をあたえるのがWAHAHAの会です。お一人でも多くのがん患者さんが治る道にたどり着くお手伝いをこれからも続けていきたいと改めて思う、がん予防大学講座でした。