私が尊敬する柳谷郁子先生ご夫妻のお誘いで諏訪の御柱祭に参加しました。
参加したというのは大げさで、見学ですが、でも確かに参加しました。
柳谷先生はたくさんの本を出していますが、私は短い文でありながら
鋭く核心を突く柳谷先生のエッセイが好きです。たとえば、唐辛子は
アメリカ大陸から日本経由で朝鮮半島に渡ったのに、なぜ日本人は
キムチを作らなかったか。日本人の健康と美女産出に大いに寄与できた
はずなのに云々。
毎年の灘のけんか祭りでは決まって柳谷先生のお宅に集まり、美酒珍味を
堪能しながら夜遅くまで祭り談義です。私の任務は十分お酒の恩恵を受けた
妻鹿の先輩たちを無事白浜から妻鹿まで護送することですが、柳谷先生の
お家には入れ代わり立ち代わりで一日100人以上がお世話になります。
そんな中で幾度となく出てくる柳谷郁子先生の武勇談は男顔負けの真の
武士(侍)です。
柳谷先生は諏訪湖畔の岡谷市生まれで、御柱祭と一緒に育ったそうです。
先生の生き様の原点はどこにあるのか。それを探りたいこともあり、
今回旅に同行させていただきました。
御柱の里曳は山出しの激しさはないものの、10トンの御柱を2000人が曳く
情景は壮観そのものでした。祭りに参加して御柱を引きたいとお願いしても、
よそ者はだめだと言われて仕方なく御柱の後ろを稚いていったら、柳谷先生が
地元岡谷市の法被と縄を貸してくれました。短い区間ではありましたが、
それで御柱をひかせてもらいました。虎でも捕ったような気分でした。
優しいながら芯の強い女傑柳谷郁子先生に一歩近付いたような気がしました。
エベレストと長野の山々とのご縁、灘のけんか祭りと諏訪の御柱祭とのご縁に、
また柳谷先生ご夫妻とのご縁に感謝、また感謝の御柱祭でした。