赤崎先生が「満州に輝く星」を上梓されました。
戦前戦後の波乱万丈の人生を書き記したものです。
先生は、5歳の時中国吉林省琿春市で終戦を迎えますが、
その1年前にお父さんが招集されました。
終戦の逃亡生活の中、姉と妹と生まれたばかりの赤ちゃんが死亡します。
お父さんの死亡連絡が入りますが、お母さんはお父さんの帰りを
信じて、お父さんを待ち続けます。こうして何回も日本引き上げの
機会を逃してしまい、赤崎先生がお兄さんと日本に引き上げる1年前に
お母さんも疲れ果ててとうとう亡くなりなります。
「風よ吹け眠れる母を吹き覚ませ再び母に会いたきものを」
この赤崎先生の歌には胸がえぐられるようでした。
異国の地で最愛の母にまで死に別れた、少年の心境はいかが。
その後、赤崎先生は終戦から7年経ってようやく日本に戻ります。
今から4年前の2010年8月17日赤崎先生が木南一志さん主宰の
養心の会播磨で講演されました。
あと10日で8201mのチョーオユー登山に出発することになっている
私が、不思議な導きで先生の講演を聞かせていただきました。
先生の講演がきっかけで、私は自殺した父を許すことになり、
そのごエベレスト山頂でお父さんありがとうと叫びました。
私のエベレスト講演にわざわざ広島から駆け付けてくださった
赤崎先生の言葉が今も耳に響いています。
「正均 さんが無事にエベレストに登頂できたのはお母さんが
守ってくれたおかげで、無事に下山できたのはお父さんが守ってくれたおかげですよ」
赤崎先生の益々のご健勝とご活躍を祈念申し上げます。