良妻賢母(日本)、賢妻良母(中国)、賢母良妻(韓国)と

漢字の組み合わせと順序こそ違いがあるものの、その意味はほとんど一緒だと思います。

古今内外には、数多くの良妻賢母の美談が言い伝わってきていますが、

家庭と仕事の両立を目指す今の女性にとっては大きな試練でもありました。

生まれて2か月半の娘を中国に残して、広島大学への留学の途につく

妻の心境は複雑極まりないものでした。

難しい試験と選抜の関門を何回も潜り抜けて手にした中国政府派遣の留学切符でした。

今の中国では海外への留学はそれほど難しくなくなりましたが、

30年ほど前の中国では空の星を取るくらい難しいものでした。

母親としての失格と夢の実現との葛藤で妻は悩んでいました。

「二度とないチャンスかも。娘は俺が育てるから日本へ行きなさい」

私は妻の背中を押しました。

なれない日本の生活環境と研究のストレスに、娘への会いたさと罪の意識で、

妻は来日して間もなく救急車で病院に運ばれました。

急性盲腸炎ですぐ手術する羽目になりました。

それでも妻は私が心配することを恐れ、手術して入院していることを教えてくれませんでした。

妻は後日自分の著書『免疫力を高める漢方養生』の中でこう書きました。

「初めの数か月は辛い日々が続いた。言葉の壁、研究のプレッシャー、そして娘に会いたい辛さ。

いつも布団の中で主人が送ってくれる娘の写真を見ながら泣いていた。

すべてを放棄して中国に帰って娘に会いたいと、何度思ったかわからない」。

ところで、こちらも大変です。

「娘は俺が育てるから」と広言したものの、私に何ができるでしょうか。

これまた古希の母に苦労をかけることになりました。

夜中に何回も起きては、おむつを替えたり、ミルクを温めて飲ましたり

する母を見ていると気が気でなりませんでした。

ありがたい感謝の気持ちより、申し訳ない罪の意識のほうが強かったです。

「すべては母を楽にしてあげるため、幸せにしてあげるためではなかったのか。

今おまえは何をしているんだ」。

私は母孝行と妻孝行のはざまで答えに窮していました。… …