イエスキリストは言いました。

「悪人に手向かってはならない。

だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)。

母は父の事だけでも精一杯なのに、母の実家が裕福でしたのが槍玉にあげられました。

昔の地主、資産家、金持ちはすべて「歴史的反革命者」の烙印を押されました。

母は1936年私が生まれた吉林省八道村から1000キロも離れた黒竜江省密山にお嫁に行きました。

1946年馬賊の掠奪で密山をあきらめ、実家を頼りに全家族が八道村に引っ越してきました。

馬賊の乱で母の義弟が一人死に、祖母も顎に左から右へ銃弾を受け、危うく死ぬところでした。

祖母は私が8歳の時に亡くなりましたのでその顎の弾丸痕ははっきり覚えています。

しかし、母たちが八道村に着いたときには、すでに土地改革が始まっており、

お爺さん一家は土地と財産をすべて没収されました。お爺さんたちは夜逃げして海外に逃れ、

かろうじて命だけは取り留めることができました。

こんな状況でしたから、母は苦労をなめきってきましたが、

実家が昔裕福だったことが「歴史的反革命」というレッテルとなって母を苦しめました。

いや、父の宗教問題と母の歴史問題が本人だけでなく、

文化大革命が終わるまでずっと私たち子どもの足を引っ張ることになります。

しかし、母は負けていませんでした。一家を守るため負けられなかったかもしれません。

母は幾度となく私たちに言いました。

「お父さんは優しくて人情味のある人で、決して悪い人ではない。

お爺さんも自分の汗と努力で富を築き上げた勤勉な男だ。

よい人を悪い人に仕立てる自体が悪いのだ。」

(つづく)