高校を卒業してから3年間故郷で農業に携わりました。

農業に従事したというより、国の政策で北京から上海から高卒の若者が

一斉に農村になだれ込みました。いわゆる再教育の大運動でした。

もともと田舎生まれ育ちの私は、母のため、家族のために小さい時から

薪取り、田植え、草取り、刈り入れなどなぜそこまでと言われるほどやって

きましたから、特に苦にはなりませんでしたが、キリスト教長老の父と

昔金持の娘の母のため、歴史背景に傷ありきのことで、かなりいじめられました。

その上に父の自殺が大きな問題となり、大学の推薦を含め、なかなか抜擢され

ませんでした。

19歳の私にはあまりにも大きな試練でしたが、母のため、家族のため、自分のために

前に進むしかありませんでした。負けたらすべてが終わりです。当時の中国の政治的

浮き沈みにはどうしようもできませんでした。

朝早く起きて早朝作業を始めます。もちろん無報酬のボランティアです。

他の人たちが作業に出始める頃には、かなりの面積の田植えを終えたり、冬場では

かなりの堆肥を鶴橋で掘り起こしました。

今も早朝作業は私の日常茶飯事です。

クラスメートが姫路に来たり、姉たちが姫路に来たりするから、木元さんは

仕事をほったらかして遊びばかりするんじゃないのと言われたことがありますが、

そんなことはありません。

作業の量をみて早朝作業を3時に始めるか5時に始めるか決めます。

たまには接待が終わってから徹夜でするときもあります。

昔のように連日徹夜ですることはもう体が付いていけませんが、一日位は平気です。

昔の故郷の早朝作業に比べれば、今の早朝作業はかわいいものです。

今朝も3時前に起きて、お盆前の出荷の準備と、柿参の充填をしました。

人ぞれぞれ生物鐘が異なるから一概には言えませんが、私の場合には早朝作業は

かなり効率的です。それに作業が終わってからの満足感というか、達成感というか

一口では言い表せない幸せを感じます。

昔中国の政治に翻弄された時代の恩恵です。