ジェームズ・アレンは言いました。

「運の良い人々とは、強い信念を持ち、数々の犠牲を払い、

粘り強い努力を続けてきた人々である」。

1973年6月に実施された大学試験で、遼寧省の張鉄生という受験生は

物理化学の成績が6点でした。

しかし、張さんが答案用紙の背面に書いた一通の手紙が、

収まりかけた文化大革命の火種を再燃させることになります。

5年間田舎で再教育を受け、地元の推薦を受けて試験場に入ったものの、

張さんはほかの科目もうまく書けませんでした。

張さんの手紙の内容は、大学の受験制度に疑問を投げかけるもので、

資本主義の黒い思想を持った勉強虫が大学に入れ、

自分のように赤い思想を持った革命派が入れないのはいかがなるものかということでした。

これが、当時遼寧省トップで、毛沢東の甥になる毛遠新の目に留まり、

4人組が鄧小平を再失脚させ、中国を暗黒に導く道具になりました。

「読書無用論」が再台頭し、3年後の大学を目指していた私の夢は、

反対勢力のいじめ、父の自殺、文化大革命終盤の翻弄などで、

6年もかかってしまうことになりました。

しかし、母のために必ず大学へいく、

母を必ず楽にしてあげるというわたしの強い信念は

揺るぐことはありませんでした。(つづく)